背景・目的
容器詰めの加工食品は、その安全性や保存性を高めるために殺菌処理が施されます。その一つが、100℃以上の高温蒸気や高圧熱水で殺菌を行う「レトルト殺菌」です。その高温処理条件によって、内容品の味、香り、色などのいわゆる「風味」が変化することがありますが、その変化を含有成分ごとにとらえた例は多くありません。含有成分に着目し、レトルト殺菌によって生じる変化をあらかじめ予測できれば、より美味しい加工食品を提供するための知見となります。本研究では、鰹節からとった「鰹だし」がレトルト殺菌でどのように変化するか、成分分析から解明することを目指しています。
実験方法
市販の鰹節を沸騰水で5分間抽出して鰹だしを調整し、レトルトパウチに封入して121℃約20分の条件でレトルト殺菌処理を施しました。レトルト殺菌前後の鰹だしを液体クロマトグラフ質量分析計 (LC/MS)に供し、鰹節中の主な旨味成分であるイノシン酸とその関連物質および各種遊離アミノ酸の検出と定量を行いました。また、得られた定量結果をもとにレトルト前後に相当する鰹だしのモデル液を作成し、所員による官能評価を実施してその風味の違いを検証しました。
結果と考察
LC/MSによる分析結果から、イノシン酸 (IMP)とその構成成分であるイノシン (Ino) およびヒポキサンチン (Hyp)が検出されました (図1)。定量結果より、レトルト殺菌処理によってイノシン酸が減少し、イノシンおよびヒポキサンチンが増加する傾向が確認されました。これら3種の成分の合計量 (モル換算)がレトルト殺菌前後で等しかったことから、レトルトによりイノシン酸がイノシンおよびヒポキサンチンに分解されることが明らかとなりました (図2)。またレトルト殺菌前後で、旨味成分であるグルタミン酸に大きな変化は見られませんでした。
図1. イノシン酸の構造式と構成成分
図2. イノシン酸 (IMP)、イノシン (Ino)、ヒポキサンチン (Hyp) の変化
続いて、レトルト前後の鰹だしを想定したモデル液 (イノシン酸、イノシン、グルタミン酸を含む)を調製し、官能評価を実施したところ、風味の変化を感じたとの結果が得られました (危険率5%未満)。
これらのことから、旨味成分であるイノシン酸の分解が、鰹だしのレトルト殺菌処理による風味変化の一因となっていることが示されました。